はじめに
今回は、就職活動で根強い人気を誇る一方で、「きつい」という噂も耳にする「海運業界」について、その実態を深掘りしていきます。
世界経済を支えるスケールの大きな仕事に憧れを持つ人も多いでしょう。
この記事では、海運業界の仕事内容から、なぜ「きつい」と言われるのか、そしてどんな人が向いているのかまで、皆さんの疑問に答えていきます。
業界研究の一環として、ぜひ最後まで読んでみてください。
【海運業界はきついのか】海運業界はきつい?
「海運業界はきつい」というイメージは、確かに一面の事実を捉えています。
特に、一度船に乗ると数ヶ月単位で陸に戻れない「海上職」の特殊な勤務形態や、世界情勢や天候に左右される「陸上職」のプレッシャーが、そのイメージを形作っているようです。
しかし、きつさの感じ方は職種によって大きく異なります。
また、その「きつさ」を上回るほどの、グローバルな舞台で活躍できるやりがいや、社会インフラを支える誇り、そして高い水準の待遇があることも見逃せません。
大切なのは、どのような点が自分にとって「きつい」と感じる可能性があるのかを具体的に知ることです。
【海運業界はきついのか】海運業界の仕事内容
海運業界と聞くと、多くの人が巨大な船を操縦する姿を思い浮かべるかもしれませんが、その仕事内容は非常に多岐にわたります。
大きく分けると、船の上で働き、実際に世界中の海を渡る「海上職」と、陸上のオフィスから船の運航を管理し、ビジネス全体を動かす「陸上職」の二つが存在します。
これら二つの職種が車の両輪のように連携し合うことで、初めて世界の物流は成り立っています。
陸上職は、どの船に何を積んで、いつまでにどこへ運ぶかの計画を立て、顧客と交渉します。
一方、海上職はその計画に基づき、安全かつ効率的に貨物を目的地まで届けるプロフェッショナルです。
どちらも社会的な意義が非常に大きく、グローバルなスケールで活躍できる魅力的な仕事です。
それぞれの役割が専門分化しており、求められるスキルや適性も異なります。
ここでは、具体的にどのような仕事があるのか、主要な業務内容を見ていきましょう。
陸上職:オペレーション・船舶管理
陸上職の中でも、海運業界の中核を担うのがオペレーション(運航管理)と船舶管理の仕事です。
オペレーション担当者は、船がスケジュール通りに安全に航海できるよう、船長や現地の代理店と常に連絡を取り合います。
天候や港の混雑状況、貨物の積み下ろしの進捗など、刻々と変わる状況を把握し、最適な運航指示を出すのが役割です。
まさに、船団を動かす「司令塔」と言えるでしょう。
一方、船舶管理は、船というハードウェアそのものを管理する仕事です。
船のメンテナンス計画の立案、修繕ドックの手配、必要な部品や船用品の供給、さらには乗組員の配乗や労務管理まで、船が常に最高の状態で航海できるよう技術面・管理面から支えます。
どちらの仕事も予期せぬトラブルへの対応力や、関係各所と調整を行う高いコミュニケーション能力が求められる、責任の重い仕事です。
陸上職:営業・マーケティング
海運会社の収益の源泉となる「荷物」を確保するのが、営業・マーケティング部門の役割です。
海運業界の営業は、自動車メーカーやエネルギー会社、穀物メジャーといった大手企業から、様々な製品を輸出入する商社まで、多種多様な荷主(顧客)に対して輸送サービスを提案します。
単に物を運ぶだけでなく、顧客の複雑な物流ニーズを理解し、最適な航路や船の種類、輸送スケジュールを組み合わせて提案する、コンサルティング的な要素も強い仕事です。
また、海運の運賃は、世界経済の動向、燃料費、船の需給バランスなどによって日々激しく変動します。
マーケティング担当者はこれらの市況を読み解き、将来の需要を予測しながら、収益を最大化できるような運賃戦略や配船計画を立てます。
グローバルな経済のダイナミズムを肌で感じられる点が、この仕事の大きな魅力と言えるでしょう。
海上職:航海士
航海士は、船の「運航」に関する責任者です。
皆さんがイメージする「船長」も、航海士のキャリアの頂点に立つポジションです。
主な仕事は、船の操縦、航海計画の策定、レーダーやGPSなど航海機器の管理、そして安全な航海のための見張り(当直)です。
また、船が港に到着した際の荷物の積み下ろし作業の監督も重要な任務です。
航海士には、三等、二等、一等、そして船長という明確なキャリアパスがあります。
経験を積み、国家資格である「海技士(航海)」の上の級を取得することでステップアップしていきます。
巨大な船を動かし、世界中の港へ貨物を無事に届けるという責任は非常に重いですが、それだけに達成感も大きい仕事です。
天候や海流を読み、大洋を渡るための高度な専門知識と判断力、そしてチームを率いるリーダーシップが求められます。
海上職:機関士
機関士は、船の「心臓部」であるエンジンや、発電機、ボイラー、空調設備など、船内のあらゆる機械類の保守・管理を担当する技術専門職です。
航海中は24時間体制で機関室の機器が正常に作動しているかを監視し、定期的なメンテナンスや、万が一の故障時には迅速な修理対応を行います。
船は一度海に出ると、次の港に着くまで陸からのサポートは受けられません。
自分たちの技術力だけを頼りに、巨大な船を動かし続けなければならないというプレッシャーがあります。
機関士にも航海士と同様に、三等、二等、一等、そして機関長というキャリアパスがあり、「海技士(機関)」の資格を取得しながらキャリアを積んでいきます。
機械が好きであることはもちろん、航海という特殊な環境下で冷静にトラブルに対処できる能力や、地道な点検・整備を怠らない実直さが不可欠な仕事です。
【海運業界はきついのか】海運業界の主な職種
海運業界には、前述の仕事内容を担うための様々な職種が存在します。
就職活動において皆さんが応募する窓口も、これらの職種ごとになっていることがほとんどです。
大きく分けると、陸上で会社全体の運営やビジネスを担う「陸上総合職」と、船に乗って専門技術を発揮する「海上職」に分かれます。
「陸上総合職」はさらに、文系の学生が主に応募する「事務系」と、理系の学生が主に応募する「技術系」に細分化されます。
それぞれの職種で求められる専門性やキャリアパスは大きく異なります。
例えば、海上職を目指す場合は、商船系の大学や高等専門学校などで専門教育を受け、海技士の資格を取得することがほぼ必須となります。
一方で陸上職は、学部学科を問わず応募できる場合が多いですが、グローバルな舞台で活躍するための語学力や論理的思考力が重視される傾向にあります。
自分の強みやキャリアプランに合わせて、どの職種を目指すのかを明確にすることが重要です。
陸上総合職(事務系)
陸上総合職(事務系)は、海運会社のビジネスサイドを担う職種です。
具体的には、荷主と交渉して輸送契約を結ぶ「営業」、日々の船の運航を管理する「オペレーション(運航管理)」、市場を分析して戦略を立てる「企画・マーケティング」のほか、「法務」「経理」「人事」「総務」といったコーポレート部門の仕事も含まれます。
これらの仕事はジョブローテーションを通じて幅広く経験することが多く、将来の幹部候補として育成されます。
国内外の支店への転勤や、海外駐在の機会も多いのが特徴です。
世界経済の動向や国際情勢を常にキャッチアップし、社内外の多様な人々とコミュニケーションを取りながら仕事を進めていく必要があります。
高い語学力はもちろんのこと、異文化への理解や、複雑な状況を整理して最適解を導き出す論理的思考力が求められる、ダイナミックな職種です。
陸上総合職(技術系)
陸上総合職(技術系)は、主に理系の学生を対象とした職種で、海運会社の「技術」面を支える重要な役割を担います。
主な仕事は、船の建造計画、設計の監督、修繕計画の立案といった「船舶管理」や、最近では特に重要度が増している環境規制に対応するための新技術開発(代替燃料の研究や省エネ装置の導入など)も含まれます。
船は一隻あたり数十億から数百億円もする高価な資産であり、それをいかに効率よく、かつ安全に長期間運用できるかが会社の収益を左右します。
そのため、造船所や機器メーカーとの技術的な折衝、運航中の船のトラブルに対する技術サポートなど、高度な専門知識が求められます。
機械工学、船舶工学、電気電子工学などの知識を活かし、海運業の根幹である「船」というハードウェアのスペシャリストとして活躍できる職種です。
海上職(航海士)
海上職である航海士は、商船系の大学や海上技術系の学校を卒業し、「海技士(航海)」の国家資格を取得(または取得見込み)であることが応募の前提となります。
入社後は、まず三等航海士として乗船し、船長の指導のもとで実務経験を積んでいきます。
主な仕事は、既述の通り、船の操縦、航路の選定、荷物の管理、船体の整備などです。
航海中は「ワッチ」と呼ばれる当直勤務(通常4時間勤務・8時間休憩のローテーション)に入り、24時間体制で船の安全を守ります。
キャリアパスが非常に明確であり、乗船経験を積みながら、より上級の海技士資格(二等、一等)を取得することで、二等航海士(航海計画担当)、一等航海士(船長の補佐、荷役・甲板部の責任者)へと昇進し、最終的には船全体の最高責任者である「船長」を目指します。
世界中の海を舞台に、自分の技術と判断力で巨大な船を動かすという、他では味わえない大きなやりがいがある仕事です。
海上職(機関士)
海上職の機関士も、航海士と同様に専門の学校で学び、「海技士(機関)」の国家資格を取得(または取得見込み)であることが必要です。
入社後は三等機関士として、船の心臓部であるエンジンルーム(機関室)での勤務が始まります。
主な仕事は、主機関(エンジン)や発電機、ボイラーといった動力系統のほか、船内のあらゆる機械設備の運転監視、保守点検、修理です。
航海中は航海士と同様に当直勤務に入り、機器の異常を早期に発見し、トラブルを未然に防ぎます。
キャリアパスも航海士と似ており、経験と上級資格の取得によって、二等機関士(発電機・補機類担当)、一等機関士(機関長の補佐、機関部全体の統括)へと昇進し、最終的には機関部の最高責任者である「機関長」を目指します。
自らの技術的な知識と経験が、航海の安全と効率に直結するため、機械への深い理解とトラブルシューティング能力、そして強い責任感が求められる専門職です。
【海運業界はきついのか】海運業界がきついとされる理由
海運業界が「きつい」と言われる背景には、その仕事の特殊性が大きく関係しています。
特に海上職は、私たちの日常生活とはかけ離れた環境で働くため、精神的・体力的な負担が大きい側面があります。
また、陸上職であっても、世界経済の荒波に直接さらされる業界ならではのプレッシャーが存在します。
ただし、これらの「きつさ」は、見方を変えれば「専門性」や「大きな責任」とも言えます。
何千トンもの貨物と、時には数百億円もの価値がある船を預かり、世界中を相手にビジネスをするわけですから、相応の覚悟が求められるのは当然かもしれません。
重要なのは、その「きつさ」が自分の許容範囲内か、あるいはそれを上回る魅力を感じるかを見極めることです。
ここでは、具体的によく挙げられる「きつい」とされる理由を、職種ごとに見ていきましょう。
長期間の乗船と家族との分離(海上職)
海上職にとって最も大きな「きつさ」は、一度の乗船期間が非常に長いことです。
船の種類や航路にもよりますが、数ヶ月から長い場合では半年以上、陸に上がれず船上生活が続くことも珍しくありません。
その間、家族や友人、恋人とは当然会うことができません。
近年は船内でのインターネット環境も改善されつつありますが、陸上のように自由に連絡が取れるわけではない場合もあります。
誕生日や記念日、冠婚葬祭など、人生の大切なイベントに参加できないことも多く、それが精神的な負担となる人もいます。
また、船という閉鎖された空間で、同じメンバーと長期間生活を共にするため、人間関係のストレスを感じやすいという側面もあります。
陸上での休暇(船を下りている期間)はまとまって取れることが多いものの、この特殊な勤務形態に適応できるかどうかが、海上職を続ける上での大きな分かれ道となります。
不規則な勤務時間と時差対応(陸上・海上共通)
海運業は24時間365日、世界中で動いています。
そのため、勤務時間が不規則になりがちです。
海上職は、船の安全運航を維持するために、昼夜を問わず4時間交代の当直勤務(ワッチ)が基本です。
生活リズムが崩れやすく、慢性的な睡眠不足に悩まされることもあります。
一方、陸上職も安心はできません。
特に船の運航管理(オペレーション)担当者は、担当する船が世界のどこにいても、トラブルが発生すれば即座に対応しなくてはなりません。
ヨーロッパやアメリカの港とやり取りをする場合、日本時間の早朝や深夜に電話会議が入ることも日常茶飯事です。
営業担当者も、海外の顧客や支店との時差を考慮して働く必要があります。
ワークライフバランスを重視する人にとっては、こうした不規則な勤務体系が「きつい」と感じられる大きな要因となります。
天候や海況など自然の脅威(海上職)
海上職は、常に自然の厳しさと隣り合わせの仕事です。
どれほど船が大型化し、航海技術が進歩しても、台風や嵐、大シケといった自然の脅威を完全になくすことはできません。
激しい揺れの中で当直勤務を続けたり、船体や貨物を守るために甲板(かんぱん)で危険な作業を行ったりすることもあります。
特に冬の北大西洋や太平洋は海が荒れやすく、船乗りにとっては最も過酷な環境の一つです。
こうした厳しい海況の中では、船酔いはもちろん、転倒による怪我のリスクも高まります。
常に安全を最優先し、極度の緊張感を持って業務に当たらなければならないプレッシャーは、陸上の仕事では味わうことのない、海上職特有の「きつさ」と言えるでしょう。
自然の雄大さを感じられる反面、その恐ろしさとも常に向き合い続ける覚悟が必要です。
世界経済や市況変動の激しさ(陸上職)
陸上職、特に営業や企画部門の「きつさ」は、世界経済の動向に業績が直接左右される点にあります。
海運業界の運賃(市況)は、景気、原油価格、国際紛争、さらには各国の政策など、非常に多くの要因によって日々激しく変動します。
好景気でモノの動きが活発になれば運賃は高騰し、莫大な利益を生むこともありますが、逆に不景気になれば運賃は暴落し、赤字に転落するリスクも常に抱えています。
営業担当者は、こうした先行き不透明な市況の中で、数ヶ月先、時には数年先の輸送契約を結ばなければなりません。
市況の読みを誤れば、会社に大きな損失を与えかねないというプレッシャーは相当なものです。
安定した環境で働きたいと考える人にとっては、このボラティリティ(変動)の激しさが精神的な負担となる可能性があります。
担う責任の重大さとプレッシャー
海運業は、動かすモノの価値が非常に大きいビジネスです。
海上職が運航する船は一隻数百億円、積んでいる貨物も数十億円、数百億円に上ることがあります。
航海士や機関士の一つの判断ミスが、大事故や甚大な環境汚染、莫大な経済的損失につながる可能性があります。
この「安全運航」に対するプレッシャーは計り知れません。
一方、陸上職も同様です。
オペレーション担当者の指示一つで、船の燃料費や港湾費用が数千万円単位で変わることもあります。
営業担当者が結ぶ契約一つが、会社の年間収益に大きな影響を与えます。
どの職種においても、担う責任が非常に重いのが海運業界の特徴です。
その責任を「やりがい」と感じられるか、それとも「重圧」と感じるかで、この仕事への適性は大きく変わってくるでしょう。
海運業界の現状・課題
海運業界は今、まさに「100年に一度」とも言われる大きな変革期のまっただ中にいます。
近年では、新型コロナウイルスの影響による世界的な物流の混乱と、その後のコンテナ運賃の歴史的な高騰がニュースとなりました。
現在はその反動もあり、市況は落ち着きを見せていますが、世界経済のインフラとしての重要性が再認識されたことは間違いありません。
一方で、業界全体として解決すべき喫緊の課題も山積みです。
特に、地球温暖化対策としての「環境規制の強化」は、海運会社の経営戦略そのものを左右する最大のテーマとなっています。
また、長年問題となっている船員のなり手不足や、他業界に比べて遅れがちなデジタルトランスフォーメーション(DX)への対応も急務です。
これらの課題にどう立ち向かっていくかが、今後の海運業界の未来を占う鍵となります。
課題:環境規制(脱炭素化)への対応
海運業界が直面する最大の課題は、間違いなく環境問題への対応です。
国際海事機関(IMO)は、国際海運からの温室効果ガス(GHG)排出量を2050年頃までに実質ゼロにするという非常に野心的な目標を掲げています。
現在、船舶の燃料は主に重油ですが、これを燃焼させることで大量のCO2が排出されます。
目標達成のためには、重油に代わる次世代の「ゼロエミッション燃料」への転換が不可欠です。
候補としては、LNG(液化天然ガス)、メタノール、アンモニア、水素などが挙げられますが、どれもコストや供給体制、安全性に課題があり、まだ「これ」という決定打はありません。
海運会社は、どの燃料に将来を賭けるかという大きな経営判断を迫られており、新燃料に対応した船の建造や既存船の改造に、莫大な投資が必要となっています。
課題:船員不足と高齢化
もう一つの深刻な課題が、船員のなり手不足、特に日本人船員の不足と高齢化です。
前述の通り、海上職は長期間の乗船や不規則な勤務といった厳しい労働環境から、若者に敬遠されがちな職業となっています。
日本の海運会社が運航する外航船(国際航路の船)では、コスト面や人材確保の観点から、外国人船員が乗組員の大多数を占めるのが一般的です。
しかし、船長や機関長といった管理職ポジションは、技術力や安全意識の高い日本人船員が担うことが多いのが実情です。
その日本人船員の平均年齢が上昇し、若手の確保・育成が追いついていないのです。
今後は、労働環境の改善や待遇の向上を図るとともに、優秀な外国人船員を幹部として登用していく仕組みづくりや、陸上からの遠隔支援技術の開発などが、喫緊の課題となっています。
課題:DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進
海運業界は、その歴史の長さゆえに、紙ベースの書類作業や電話・メールでの属人的なやり取りなど、アナログな業務プロセスが多く残っている業界の一つとされてきました。
しかし、近年の人手不足や業務効率化の要請、そして荷主からの「物流の可視化」ニーズの高まりを受け、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進が急務となっています。
例えば、AIやIoT技術を活用して、船の最適な運航ルートを自動で算出したり、陸上から機関の状態をリアルタイムで監視して故障を予知したりする「スマートシッピング」の取り組みが進んでいます。
また、貿易手続きを電子化するブロックチェーン技術の実証実験なども行われています。
これらのデジタル技術にいかに対応し、活用できるかが、今後の海運会社の競争力を大きく左右すると言われています。
海運業界の今後の動向
前述のような大きな課題に直面している海運業界ですが、裏を返せば、それは新しいビジネスチャンスと変革の機会に満ちているとも言えます。
世界人口の増加や経済の発展に伴い、モノを運ぶ「物流」の需要がなくなることはありません。
海運は、世界の貿易量の約9割以上(重量ベース)を担う、最も効率的で環境負荷の低い輸送手段であり、今後もその基幹的な役割は変わらないでしょう。
これからの海運業界は、単に「船で物を運ぶ」だけでなく、環境問題やデジタル化といった時代の要請に応えながら、より付加価値の高いサービスを提供する産業へと進化していくことが予想されます。
「きつい」側面を技術革新で克服し、よりスマートで持続可能な産業へと生まれ変わろうとしているのです。
脱炭素化に向けた技術革新と投資
今後の海運業界を語る上で、脱炭素化への取り組みは避けて通れません。
環境規制という「課題」は、同時に「技術革新のドライバー」となります。
各海運会社は、造船所やエンジンメーカーと協力し、アンモニア燃料船や水素燃料船といった、CO2を排出しない「ゼロエミッション船」の開発・実用化に向けて、巨額の研究開発投資を行っています。
また、既存の船についても、燃費を向上させるための省エネ装置の取り付けや、AIを活用した最適運航ルートの選定など、地道な努力が続けられています。
このように、環境性能の高さが、これからの海運会社の競争力そのものになります。
環境問題というグローバルな課題解決の最前線に立てることは、この業界で働く大きなやりがいの一つになるでしょう。
自動運航船・スマートシッピングの実現
人手不足、特に船員不足の解決策として、また、ヒューマンエラーによる事故を防ぐ「安全運航」の切り札として期待されているのが、「自動運航船」の開発です。
自動車の自動運転技術と同様に、船の世界でも、AIやセンサー技術を駆使して、船自体が周囲の状況を判断し、安全に航行する技術の研究が進められています。
完全な無人運航はまだ先かもしれませんが、まずは陸上の「運航センター」から専門家が複数の船を遠隔で監視・支援するシステムや、港への着岸・離岸を自動化する技術などが実用化されていくでしょう。
こうした「スマートシッピング」の進展は、船員の仕事内容を大きく変える可能性があります。
体力的な負担が減り、より高度な判断や管理業務に集中できるようになるかもしれません。
総合物流サービスへの展開
これまでの海運会社は、主に「港から港まで」の海上輸送を担うことがビジネスの中心でした。
しかし近年、荷主(顧客)のニーズは、単なる輸送コストの安さだけでなく、在庫管理の最適化や、納期通りの確実な配送など、より高度で複雑なものになっています。
これに応えるため、大手海運会社の中には、海上輸送だけでなく、トラックや鉄道による陸上輸送、倉庫での保管、通関手続きなどを一貫して引き受ける「総合物流(ロジスティクス)企業」へと事業領域を拡大する動きが活発になっています。
船会社という枠を超え、顧客のサプライチェーン全体の課題解決を提案するコンサルティング的な役割も強まっています。
海運のノウハウを軸に、物流全体のコーディネーターとして活躍できるフィールドが広がっているのです。
【海運業界はきついのか】海運業界に向いている人
ここまで海運業界の仕事内容や「きつい」とされる理由、そして今後の動向について見てきました。
これらを踏まえると、海運業界には独特の適性が求められることがわかります。
スケールの大きな仕事である反面、責任も重く、環境の変化も激しい業界です。
年収が高い、安定していそう、といったイメージだけで飛び込むと、入社後にミスマッチを感じてしまう可能性もあります。
大切なのは、この業界の「きつさ」を受け入れた上で、それでもなお「挑戦したい」と思える魅力を見出せるかどうかです。
自分自身の価値観や強みと照らし合わせながら、海運業界で活躍できる人物像をイメージしてみましょう。
ここでは、一般的に海運業界に向いているとされる人の特徴をいくつか紹介します。
グローバルな環境で働く意欲がある人
海運業は、その成り立ちからして本質的にグローバルなビジネスです。
陸上職であれば、海外の顧客や支店とのやり取りが日常的に発生します。
英語でのメールや電話、会議は当たり前ですし、将来的には海外駐在員として異国の地で働くチャンスも大いにあります。
海上職も同様に、乗組員の国籍は多種多様であり、船内での共通語は基本的に英語です。
また、寄港する先は世界中の国々です。
したがって、単に語学力があるだけでなく、異なる文化や価値観を持つ人々と積極的にコミュニケーションを取り、協働することを楽しめる人が向いています。
未知の環境にも臆せず飛び込んでいけるチャレンジ精神や、多様性を受け入れる柔軟性が不可欠です。
責任感が強く、プレッシャーを楽しめる人
「きついとされる理由」でも述べたように、海運業界の仕事は、担う責任が非常に重いのが特徴です。
海上職は、船と貨物、そして乗組員の命を預かるという重責を担います。
陸上職も、一つの判断が会社の収益に何億円もの影響を与えることがあります。
こうしたプレッシャーから逃げるのではなく、むしろそれを「やりがい」として受け止め、最後まで仕事をやり遂げる強い責任感が求められます。
予期せぬトラブルや困難な状況に直面したときこそ、冷静さを失わずに最善策を考え、粘り強く対応できるタフさが重要です。
「社会インフラを支えている」という誇りを胸に、日々の重圧を乗り越えていける人こそが、この業界で輝ける人材と言えます。
変化への対応力と学習意欲がある人
海運業界は今、脱炭素化やDXといった大きな変革の波に直面しています。
また、日々の業務においても、世界経済の市況や国際情勢、天候など、自分ではコントロールできない外部環境の変化に常に対応しなくてはなりません。
そのため、一度覚えた知識ややり方に固執せず、常に新しい情報をキャッチアップし、学び続ける姿勢が不可欠です。
例えば、陸上職であれば新しい環境規制の内容を理解し、ビジネスにどう活かすかを考える必要がありますし、海上職であれば新しい航海機器やエンジンシステムの操作方法を習得しなくてはなりません。
環境の変化を前向きに捉え、自らを進化させていける柔軟性と学習意欲のある人にとって、海運業界は刺激に満ちた成長の場となるでしょう。
海や船、機械そのものが好きな人
特に海上職を目指す人にとっては、これが最もシンプルかつ重要な適性かもしれません。
長期間にわたる船上生活は、決して楽なことばかりではありません。
その「きつさ」を乗り越えるための原動力となるのが、「海が好き」「船が好き」「大きな機械を動かすのが好き」という純粋な好奇心や情熱です。
陸上では見ることのできない満天の星空や、水平線から昇る朝日に感動できる感性や、エンジン音や機械の匂いにワクワクするような探究心があれば、厳しい環境も楽しみながら乗り越えていけるでしょう。
陸上職であっても、自分が携わるビジネスが「船」という巨大な構造物によって成り立っていることを意識し、そこにロマンを感じられる人の方が、仕事へのモチベーションを高く保てるはずです。
【海運業界はきついのか】海運業界に向いていない人
一方で、海運業界の特性が、残念ながら自分の価値観や働き方の希望と合わないという人もいるでしょう。
入社後のミスマッチは、皆さんにとっても企業にとっても不幸なことです。
自分の適性を客観的に見極めるためには、「向いている人」の特徴だけでなく、「向いていない人」の特徴も知っておくことが非常に重要です。
「きつい」と感じるポイントは人それぞれですが、特に海運業界の特殊な環境になじみにくい可能性のある人の特徴を挙げてみます。
もし当てはまる項目が多いと感じたら、なぜそう感じるのか、それは自分にとって譲れない条件なのかを、一度立ち止まって深く自己分析してみることをお勧めします。
ワークライフバランスを最優先したい人
海運業界は、その業務の性質上、プライベートの時間よりも仕事の都合が優先される場面が少なくありません。
海上職は、数ヶ月単位で家を空けることが前提であり、家族や友人と過ごす時間を定期的に確保することは困難です。
陸上職であっても、時差のある海外とのやり取りのために早朝や深夜の勤務が発生したり、運航トラブルがあれば休日でも対応を求められたりすることがあります。
もちろん、企業側も働き方改革を進めてはいますが、業界全体として「24時間365日動いている」という事実は変わりません。
「定時で帰りたい」「週末は必ず休みたい」といった、予測可能で安定したワークライフバランスを最優先に考える人にとっては、ストレスの多い環境に感じられる可能性が高いです。
安定したルーティンワークを好む人
海運業界の仕事は、毎日同じことの繰り返しという「ルーティンワーク」とは対極にあると言えます。
もちろん、日々の点検や定型的な事務処理もありますが、それ以上に、予測不能な事態への対応が常に求められます。
天候の急変による航路変更、港湾ストライキによるスケジュールの大幅な遅延、荷主からの急な要望、世界情勢の変化による輸送ルートの見直しなど、次から次へとイレギュラーな事態が発生します。
決められたマニュアル通りに淡々と仕事を進めたいと考える人にとっては、こうした変化の激しさは「きつさ」以外の何物でもないでしょう。
むしろ、そうした予期せぬ変化やトラブルを、工夫と機転で乗り越えていくプロセスに面白みを感じられないと、続けるのは難しいかもしれません。
閉鎖的な環境や人間関係が苦手な人
この特徴は、特に海上職に強く当てはまります。
「船」という、海に浮かぶ限られた空間の中で、数ヶ月間、まったく同じメンバーと寝食を共にするのが海上職の日常です。
仕事中はもちろん、食事や休憩時間も顔を合わせるため、プライベートな時間や空間は陸上の生活に比べて著しく制限されます。
もし、そのコミュニティの中で人間関係がこじれてしまうと、逃げ場がなく、非常に大きな精神的ストレスとなります。
また、船内は安全や規律を重んじる、ある種の体育会系的な文化が残っている場合もあります。
一人で過ごす時間が絶対に必要だったり、集団生活や上下関係の厳しい人間関係が極端に苦手だったりする人にとって、船上生活は非常に過酷な環境と言えるでしょう。
海運業界に行くためにすべきこと
海運業界が持つ「きつさ」と、それを上回る「やりがい」や「将来性」を理解した上で、この業界に挑戦したいと決意した皆さんは、次に具体的な就職活動の準備を進める必要があります。
海運業界は、その専門性の高さから、他の業界とは少し異なる準備が求められる部分もあります。
特に海上職を目指すのか、陸上職を目指すのかによって、進むべき道や必要な資格が大きく変わってくるため、早い段階で自分のキャリアプランを明確にすることが重要です。
単なる憧れだけでなく、業界の課題や現実を直視した上で、自分がいかに貢献できるかを具体的にアピールできるように準備しましょう。
ここでは、海運業界を志望する上で、特に取り組んでおくべきことを紹介します。
業界研究と企業研究の深化
まずは、海運業界の全体像を正確に把握することがスタートです。
「海運」と一口に言っても、日本郵船、商船三井、川崎汽船といった、コンテナ船、自動車船、タンカーなど多様な船種を扱う「総合海運(定期船・不定期船)」企業もあれば、特定の貨物(例えばLNGや鉄鉱石)の輸送に特化した「専門(不定期船)オペレーター」企業、あるいは国内の港を結ぶ「内航海運」企業など、ビジネスモデルは様々です。
自分がどの分野に興味があるのかを明確にし、それぞれの企業がどのような強みを持ち、どのような航路で、どのような顧客を相手にしているのかを徹底的に調べましょう。
特に「なぜ他の海運会社ではなく、御社なのか」という問いに、業界の動向や各社の戦略を踏まえて具体的に答えられるレベルまで、企業研究を深めておく必要があります。
必要な資格とスキル(特に語学力)の習得
目指す職種に応じて、求められるスキルや資格は明確に異なります。
海上職(航海士・機関士)を目指す場合は、大前提として「海技士」の国家資格が必須です。
これは、商船系の大学、高等専門学校(高専)、海上技術短期大学校といった専門の養成機関で学び、乗船実習を経験しなければ取得できません。
もし現時点でこれらの学校に在籍していない場合、陸上職からのキャリアチェンジなどを除き、新卒で海上職になるのは非常に困難です。
一方、陸上職(事務系・技術系)の場合は、特定の学部や資格が必須でないことが多いですが、ビジネスレベルの「語学力(特に英語)」は極めて重要視されます。
TOEICのスコアはもちろん、それを使って異文化の人々と交渉や調整ができる実践的なコミュニケーション能力が求められます。
「なぜ海運か」を明確にする志望動機
海運業界の採用面接で必ず深く問われるのが、「なぜ、数ある業界の中で海運業界を選んだのか」という志望動機です。
「スケールが大きいから」「グローバルだから」といった漠然とした理由だけでは、多くの就活生の中に埋もれてしまいます。
大切なのは、海運業界の「きつい」とされる側面(例えば、市況変動の激しさや、海上職の特殊な勤務形態)を理解した上で、「それでもなお、自分はこの業界でこんなことを成し遂げたい」という熱意を具体的に語ることです。
例えば、「大学で学んだ国際経済の知識を活かし、激変する市況の中で収益を最大化する営業戦略に挑戦したい」や、「環境問題に関心があり、脱炭素化という業界全体の課題解決に技術者として貢献したい」など、自分の経験や価値観と、海運業界の特性や課題とを結びつけた、説得力のあるストーリーを構築しましょう。
適職診断ツールを用いる
「海運業界に興味はあるけれど、本当に自分に向いているか自信がない」「陸上職と海上職、どちらが自分の適性に合っているかわからない」と悩む人も多いでしょう。
海運業界は仕事内容が特殊なだけに、OB・OG訪問やインターンシップだけでは、その実態を掴みきれない部分もあります。
そんな時、客観的な視点で自分を見つめ直すための一つの手段として、「適職診断ツール」を活用してみるのも良い方法です。
これらのツールは、いくつかの質問に答えるだけで、自分の性格的な傾向、強みや弱み、どのような仕事環境でパフォーマンスを発揮しやすいかなどを分析してくれます。
もちろん、診断結果が全てではありませんが、自分では気づかなかった意外な側面や、キャリアを選択する上で大切にしている価値観を再認識するきっかけになるかもしれません。
【海運業界はきついのか】適性がわからないときは
海運業界という、日常ではなかなか触れる機会の少ない世界に対して、「本当に自分に合うのだろうか」と不安を感じるのは、ごく自然なことです。
特に、海上職のような特殊なキャリアについては、想像だけで判断するのが難しいでしょう。
適性がわからないまま選考に進んでしまうと、後で「こんなはずではなかった」と後悔することにもなりかねません。
そうした不安を解消するためには、まず徹底的な自己分析を行い、自分の「軸」を明確にすることが不可欠です。
自分が仕事に何を求めるのか、どのような環境なら「きつい」と感じ、どのようなことになら「やりがい」を感じるのかを深く掘り下げてみましょう。
その上で、「適職診断ツール」のような客観的なデータも参考にしつつ、総合的に判断することが大切です。
診断ツールは、あくまで自己分析を補完する材料として使い、最後は自分の意志で決断しましょう。
おわりに
今回は、「海運業界はきついのか」という疑問を軸に、その仕事内容、きついとされる理由、そして将来性について解説してきました。
確かに、海上職の長期乗船や、陸上職のプレッシャーなど、タフさが求められる側面は多くあります。
しかし、それと同時に、世界経済のダイナミズムを肌で感じ、地球規模の物流インフラを支えるという、他では得難い大きなやりがいと誇りがある業界でもあります。
変革期にある今だからこそ、新しい挑戦ができるチャンスも広がっています。
この記事が、皆さんの業界研究の一助となり、海運業界という選択肢を深く考えるきっかけになれば幸いです。